大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和29年(ワ)133号 判決

原告

井上義雄

被告

郷間清二 外一名

主文

被告は原告に対し金五万三千五百十四円及之に対する昭和二十九年四月二十四日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を附加して支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

原告その余の請求は之を棄却する。

本判決は原告に於て金一万五千円の担保を供託するときは仮に執行することが出来る。

事実

(省略)

理由

和歌山県海草郡東山東村大字平尾小字取子八二七番地の一山林三反九畝三歩、同番地の二畑一反一畝歩(以下八二七番地と略称する)が原告の所有であることは当事者間に争いなく、同所八二九番地の一畑一反五歩(以下八二九番地と略称する)が訴外井上教雄の所有であることは、成立に争いのない甲第四号証の一によつて明かである。而して右両土地の境界が別紙(省略)図面イ、ロ、ハ、B、Cの線であるか、A、B、Cの線であるかについて争いがあるので、先ずこの点について判断する。

成立に争いのない乙第二号証、甲第二号証の一、二、甲第三号証の一、二、証人井上教雄、同島田憲一、同森本和一、同津田正治、同島田勝雄、同宮崎芳菊、同井上ふての、の各供述並検証の結果を綜合すると、八二九番地は元島田憲一の所有であつたが、明治四十三年十二月十二日之を島田幸之助に贈与する以前、その一部であるイ、ロ、ハ、A、Xの範囲の山林を石切場として当時の平尾部落に贈与し、その後大正七年二月十三日八二九番地を津田正治に売却するに際し、島田憲一は島田幸之助の代理として売買の衝に当り、前記平尾部落に寄贈した区域を明確にするため津田と共に(イ)、(ハ)の地点に境界石を打込んだこと、八二七番地は元森本勝磨の所有であつたが、昭和五年六月十四日原告先代井上徳次郎と売買契約を為すに当り、仲介人児玉定之助、同岩尾勝次郎が井上徳次郎等を案内して八二七番地はイ、ロ、ハ、B、Cの線にて八二九番地と境を接する旨説明し、井上徳次郎はイ、ロ、ハ、B、C以東を八二七番地なりとして買受けたものであるが、売主森本勝磨と実地につき検分の上買受けたものではないこと、八二九番地がイ、ロ、ハ、B、C以西の地域であり、A、ハ、B、C以東が八二七番地であること、を認めることが出来る。

右認定に反する証人森本和一、同宮崎芳菊、同井上ふてのの各供述部分は措信しない、その他原告の全立証を以てしても右認定を覆えすに足りない。

右認定した事実に依れば、イ、ロ、ハ、A、Xに囲まれた地域は八二九番地にも又八二七番地にも属しない山林であつて、何人の所有名義にも登記されていない土地であるが右判示した年月日に当時の平尾部落(その後東山東村)の所有に帰したものである。原告は、東山東村地区に於ては山林の境界は標石を以て表示しているにも拘らず、AB線には一個の標石もなく、従つて、之を以て八二九番地と八二七番地の境界なりとの被告の主張は不合理である旨主張するが、右認定した通り、イ、ハの標石は右述べたような事情にて、大正七年頃島田憲一と津田正治によつて入れられたものであるから原告のこの主張は採用することは出来ない。即地形上より見るもA、ハ、B、C線は尾根を形成して居り、イ、ロ、ハ、A、Xに囲まれた地域は岩石露出した傾斜地であることより見ても明かである。 そこで次に原告の予備的主張である時効取得の点について判断する。右に認定したように、原告先代井上徳次郎が八二七番地の山林を前所有者森本勝磨より買受けるに際して仲介人児玉定之助及岩尾勝次郎の言とイ、ロ、ハの地点に存在する標石を信じてイ、ロ、ハ、B、C線以東が八二七番地であると信じて買受けたものであるが、前所有者である森本勝磨及その隣接地八二九番地の所有者津田正治にその範囲について確認を得た証拠は無いから、徳次郎の善意は認められるが、この点に於て過失あるものと言わなければならない。随つて、取得時効が完成するためには、所有の意思を以て平穏且公然に二十年の年月占有を継続することが必要であるから、その点について考えるに成立に争いのない甲第二号証の一、二、甲第四号証及証人宮崎芳菊、同井上ふての、同角田兼助、同小林浅一、同角田保信、同栗山勇一、同藪野武二郎、同井上義詮、同栗山京子、同加藤しげ子、同小栗義一、同矢田勝一並原告本人各被告本人の各供述及検証の結果を綜合すると、昭和五年六月十四日原告先代井上徳次郎は八二七番地の山林を前所有者森本勝磨より買受けるに際し、イ、ロ、ハ、B、C線を境としてその東方が八二七番地なりと信じて買受け、その所有権移転登記を為し、爾後所有の意思を以て右山林を占有し、昭和十四年四月十三日右徳次郎の死亡により原告家督相続を為し右占有を継承し、昭和二十二年三月二十一日家督相続による移転登記を為し現在に至つていること、その間イ、ロ、ハ、A、Xの地区並イ、ロ、ハ、B、A地区について原告先代及原告は昭和六年頃大雪にて倒れた松の木を伐り借金の返済に当てたり、昭和七年頃より毎年稲架に使用するため立木を伐採したり、又随時下草刈、又は薪の伐採を為し、又柿の木四本の接木、桃栗、椿の若木の植林等を為し、或いは漬物石を採取する等の他昭和十三年頃より数年に亘り、A、ハ、B地区より上方約二反余を開墾し蜜柑畑を為す等自己の所有物として占有を継続し使用収益を為したこと、同地区は南方は平尾部落より通ずる山道に面し、東部は、X、A線を通じ取子下池より取子上池及奥山の平尾部落有林に至る通路になつて居り、平尾部落民が通行する場所に面しているのであつて、右原告の植林採石伐採及開墾等の仕事は、右通路より容易に見透し得る地点にあること、訴外平尾部落に於ては前記認定の如く島田憲一よりイ、ロ、ハ、A、X地区の贈与を受けたが、役場の図面に八二九番地の東南端部に点線を施したのみにて、その範囲、反別等につき明確な認識なく、又当該地点につき何等明認方法を講ずることもなく、公簿上にその所有権を証すべき登記もしていない上、約四十年以前より昭和二十九年二月七日に至る迄当該地域に於て、採石、採伐等も為して居た形跡のないこと、等の事実を認めることが出来る。右認定に反する証人郷間久雄、同田中豊の証言は措信し難く、その他被告の全立証を以てしても右認定を覆えすに足りない。

従つて、訴外平尾部落に於てはその所有権を以て第三者に対抗することが出来ないのに反し、原告はその先代が占有を始めた昭和五年六月十四日以降所有の意思を以て平穏且公然に占有を継続し、昭和十四年三月十四日原告が家督相続により爾後昭和二十五年六月十四日迄右占有を継続した事実は明かであるから、原告は、右イ、ロ、ハ、B、A、X地区について昭和二十五年六月十四日を以て時効によりその所有権を取得したものである。

そこで、被告等が昭和二十九年二月七日及同月十一日の両日に亘り右イ、ロ、ハ、A、X地区内に於て立木を伐採したのは、明かに原告の所有権を侵害したものであるが、右被告等の行為が故意若くは過失に基くものであるかどうかを考えるに、

前記乙第二号証、証人郷間清二、同島田邦治、同角田保信、同井上ふての、及原告本人並被告両名の各供述を綜合すると、訴外平尾部落の部落会長は代々会長に就任するとき、役場図面(乙第二号証)により八二九番地の東南端(点線内)部分を部落の採石場であるとして図面上引継を受けて来たが、前記認定のようにその地積、反別位置については明確な知識がなかつたところ、昭和二十八年頃、被告神谷信一は同部落の会長被告郷間清二は同部落消防団長であつたが、同部落消防団より器具購入の申請があつた際、部落にその費用がなかつたので、協議の結果右部落の採石場になつている地区の立木を伐採して、その費用に当てる決議を為し、同年九月下旬頃議員七八名と共に検分したがその地点が明確でないので八二七番地の所有者である原告に問合せた所原告はイ、ロ、ハ、B、C以東は原告の所有であると主張して譲らないので、神谷等は津田正治の言を聞き、A、ハ線より東南部は平尾部落の所有なりと軽信してA、ハの線に繩張りをしたが、原告は直ちに之を切断した、その後、村長や村会議員駐在巡査等が原告との間に入りその境界につき接衝を重ねたが解決を見ない中被告神谷は、被告郷間清二と謀り部落民四十数名に命じて昭和二十九年二月七日原告の反対を押切つて右山林内に入り立木を伐採した。原告は直ちにこの旨を和歌山署に告訴し、和歌山署では被告神谷を呼出して調査中、同月十一日、神谷は再び部落民に伐採を命じたのであることが認められる。

右認定した事実によると、被告等は、訴外平尾部落所有の石切場については、その範囲、反別、地点等につき明確な認識なく、原告との間にその所有権について紛争があつたのであるから、正当な手続によりその紛争を解決し、その所有権の帰属が明確になつた上始めて伐採するか否かを決すべきであつて、原告の所有権を侵害するの故意は無かつたとしても、右確定の方法を講ぜず軽々に部落有なりと信じた点に於て被告等に過失の責は免れない。

次にその損害の額であるが、鑑定人太田萬造の鑑定(訂正申出書を含む)並検証の結果によれば、昭和二十九年二月九日及十一日の両日に亘つて被告等が原告所有山林内に於て伐採した立木は合計五五石一七であり、この価格は当時の時価にして五万三千五百十四円となる、原告はこの他切株十二株につき被告等の伐採した旨主張するので検討したが鑑定の結果によれば伐採年度不明であり、単に切口の状況のみよりして被告等の伐採したものとは判定し難く、又薪八百四十束(当時の価格四万二千円)についても之を認むべき証拠はない。

結局、被告等に対し、金五万三千五百十四円及之に対する訴状送達の翌日であること記録上明白なる昭和二十九年四月二十四日以降完済に至る迄年五分の割合の損害金の支払を求める限度に於て原告の請求を認容し、その余の請求を棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山田常雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例